大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

水戸地方裁判所 昭和36年(人)1号 判決

請求者(被拘束者) 会沢勇太郎

拘束者 石崎病院管理者 太田広三郎

主文

被拘束者会沢勇太郎を釈放する。

本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実

請求者(被拘束者以下同じ)代理人は主文同旨の判決を求め、請求の理由の要旨は、請求者は昭和三十三年五月十四日から入院に同意しないのに睡眠薬注射をうつて睡眠せしめられ、強制的に拘束者の管理する石崎病院第五病棟に入院せしめられ、その病棟の出入口には戸締りのため常時鍵をかけ外出を制限して現在まで拘束されているものである。拘束者は請求者を入院させるにあたり、根本光勇の同意を得ているが、根本は請求者が精神障害者でないのに故意に請求者を精神障害者として入院せしめたものであるばかりでなく、根本光勇は請求者の妹つやの夫で保護義務者ではないから拘束者が根本の同意を得ても精神衛生法第三十三条に違反し不法な拘束である。もつとも、請求者は昭和三十一年四月十四日準禁治産宣告を受けその裁判が確定し、根本が保佐人に就職し、その後昭和三十五年八月三十日水戸家庭裁判所常陸太田支部において根本を請求者の保護義務者に選任したが、根本は前記のように請求者の妹つやの夫で法定の扶養義務者ではなく、且つ根本は同年八月中請求者に対し右裁判所に禁治産宣告の申立をしたのであるから、同法第二十条第一項第二号にいう「当該精神障害者に対し訴訟をしている者」に該当し、何れの点からするも同法による保護義務者になり得る資格を有しない。したがつて根本を請求者の保護義務者に選任した水戸家庭裁判所常陸太田支部の右審判は同法第二十条第二項第四号に違反し無効である。それゆえ拘束者が根本光勇の同意を得て請求者を入院させていても同法第三十三条にいう保護義務者の同意を得ていないことに帰すので不法な拘束である。よつて人身保護法第二条人身保護規則第四条により請求者の釈放を求めるため本申請に及んだというのであつて、

疎明として甲第一ないし第七号証を提出し、請求者本人の尋問を求め、乙号証の成立を認めた。

拘束者は、請求者の請求を棄却する。請求者を拘束者太田広三郎に引き渡すとの判決を求め、答弁の要旨は請求者の主張事実中、拘束者が請求者の同意なしに請求者をその主張の頃から現在に至るまで拘束者の管理する石崎病院に入院せしめて身体を拘束していること、請求者の入院に際してはその主張の頃請求者の保佐人に就職した根本光勇の同意を得たが、根本が水戸家庭裁判所常陸太田支部において保護義務者に選任する審判を受けたのは昭和三十五年八月三十日であることは認めるが、請求者が精神障害者でないとの点は否認する。その余は不知、請求者は入院当時から現在まで精神分裂病就中その一型であるパラフレニーに罹患している精神障害者であり、その医療および保護のため入院が必要と認められる状況にある。入院当初根本は精神衛生法第二十条第二項第四号による保護義務者の選任を受けていなかつたが、昭和三十五年八月三十日の水戸家庭裁判所常陸太田支部において保護義務者に選任され同人の同意を得ているので、請求者を引き続き入院させておくことは、同法第三十三条に違反するものではないというのであつて、

疏明として乙第一、二、三号証を提出し、証人根本光勇および拘束者本人の尋問を求め、甲号各証の成立を認めた。

理由

石崎病院の管理者たる拘束者が請求者を昭和三十三年五月十四日から精神障害者として本人の同意はないが、請求者(昭和三十一年四月十四日準禁治産宣告の裁判確定)の保佐人たる根本光勇の同意を得て同病院に入院させ引き続き拘束していることは当事者間に争がない。

そして当事者間に争のない請求者が準禁治産の宣言を受けその裁判が確定している事実と成立に争のない疏甲第三号証(診断書)及び拘束人本人尋問の結果を綜合すると請求者は現在自己を傷け又は他人に危害を加えるような虞はないが、入院当時から現在に至るまで精神分裂病に罹つていることが認められるので、請求者が精神衛生法第三条にいう精神障害者に該当することは明らかであり、請求者提出の疏明資料では右認定を覆えすに足らない。

およそ精神病院の長が精神障害者をその私的な医療及び保護のため入院させることができるためには、本人の同意がない場合は必ずその保護義務者の同意を要することは精神衛生法第三十三条に規定するところであり、同条所定の保護義務者とは同法第二十条により定まる最先順位者であるものをいうのであつて、同条第二項第四号に規定する第四順位の扶養義務者が数人ある場合にはそのうちから家庭裁判所が選任した者が第四順位の保護義務者となるものと解するを相当とする。ところで証人根本光勇の証言によると、請求者には実母あき妹つや同礼子同うめ弟平があり、根本は請求者の妹つやの夫であることが認められ、しかも請求者を石崎病院に入院させた当時根本は家庭裁判所により保護義務者に選任された事実のないことは拘束者において自白しているところであるから、たとえ拘束者が請求者の保佐人たる根本の同意を得たとしても、同法第三十三条にいう保護義務者の同意があつたといえないことは明らかであるから、請求者は正当の手続によらないで身体の自由を拘束されたものといわねばならない。もつとも、その後昭和三十五年八月三十日根本が水戸家庭裁判所常陸太田支部において請求者の保護義務者に選任されたことは当事者間に争いのないところであるから、そのとき以後の拘束が適法な拘束といえるかどうかにつき判断する。民法第八百七十七条第二項の規定によれば、三親等内の親族間においても、家庭裁判所の審判により扶養義務を負わせることができるが、前記根本光勇の証言によれば、根本が右の審判を受けた事実のないことが認められるので請求者の妹つやの夫たる根本が請求者の扶養義務者でないことは明らかである。そもそも保護義務者制度を設けたゆえんは、精神障害者の福祉のために必要な治療その他の保護を図ることにあるのであるから、同法第二十条は保護義務者になり得る者の資格順位を厳格に定めているのである。それゆえ、水戸家庭裁判所常陸太田支部が、請求者には実母あき妹つや同うめ同礼子弟平があるのに拘らず扶養義務者でない根本を同法第二十条第二項第四号により請求者の保護義務者に選任した右審判は明らかに違法でありその違法は顕著であるといわねばならない。したがつて、根本が家庭裁判所において同法第二十条第二項第四号により保護義務者に選任されても、もともと根本は保護義務者になり得る資格を欠いているのであるから拘束者が根本の同意を得たとして、同法第三十三条にいう同意権限ある保護義務者の同意を得たものとは解せられないので請求者は依然正当の手続によらないで身体の自由を拘束されているものといわねばならない。

よつて請求者の本件請求は理由があるものと認め、手続費用の負担につき人身保護法第十七条民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 和田邦康 諸富吉嗣 楠幸代)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例